
←お昼にホテルを出て
(LIONはパコンパコンな材質のものでしたw)
⇊先ほど日本人宿に着きました⇊。
2時間ほど時間が出来たので、
その間にこの旅を通じて感じたこと、想えたこと、、などなど書き綴りたいと思います。
この国のみならず世界各国の発展途上国、普通と呼ばれる国々全てに言えること、
貧富の差。
敢えて【貧富】を二面的な見方で大きく分け隔てるなら、自分の考察では
【貧】
・働いていても稼げない
・富を獲ることを夢見れず、今の生活を生き延びるための、頭を使わない本能的な仕事が故の貧しさ
一方で【冨】は
・階級制度における確定的地位による支配的安定
・知恵を振り絞り、利益を産生する
どうしてそんなことを考えたかというと、例えば今いるモロッコというアフリカの一つの国では【貧】の人達で溢れているから。
「貧しいのには原因がある」
確かにそう思う。
でも日本の場合とはちがって、彼らには今を急ぐことしか出来ず、先見の明が無いと言えるのではないか。
日本では人々の趣向に依ってそのサラリーはピンからキリまでであるが、ベーシックインカムとして考える場合の生活費は、ほとんどの人が毎年海外へ数日なら旅は出来る環境である。
昨日ホテルの屋上プールで膝から下をプールに入れながら寝転び、夜空を見ていて物思いにふけっていた。
ここと、マラケシュの一般的な人々との生活は雲泥の差である。
タクシーは数百円もあれば少し遠くの場所までいけるし(観光客にはふっかけてくるけど、七〇〇円くらいが上限で、それに対して自分は当然のように値切り二〇〇円くらいで乗るけど、家族を支えているのかなって思うと段々心が苦しくなってきました)、服にしろ食事にしろ、、安くで済むという喜びの一方で、一体どの程度のサラリーなのかなって心苦しく考えてしまう。
一番心苦しく考えてしまう自分なりの考えは・・・
特に砂漠の夜空で寝そべっていて思ったこと。
「彼らの多くは一生この町で過ごす人もいるのではないか」という事。
小旅行などはあるかも知れないが、海外に行きたくても貧しさの中行けない人が居るっていうのは初見でさえも、痛感できた。
⇈&⇊この写真のように光の入る方向、こちらから観る方向によって水の色って変わるのに。
宗教は違えど、プールのように見方さえ変えれば、サグラダファミリアで見たようなGAUDIの考え方のように、【物事の本質】自体を変えてしまえるかも知れないのに。
(赤ワインを飲んでホロ酔いしてました。ラマダンの中やのにすみません)
どうして皆しないんだろうかと思うのではなく、どうしてそれすら考えぬく事をさせてもらえないんだろうか、そう思えてきた。
こういった国々を観ていると心が苦しくなるほど、そう思わされる。
よく日本人はクリエイティブな発想が苦手な理由として、「画一的な答え」を存在するものとして考えてしまうからとされる。
一方でアメリカやヨーロッパは論理的に「自分で考え抜いたものが答え」としているから優れているとされている。
でもBusinessなども含め、生き抜いていくことへの大部分は、前者の日本的なものが大切であると思う。
継続的に日々繰り返すことで鍛錬されていく結果が、画一的な「答え」でもあり、蓄積されていく「知恵」でもあり、一般的に「基礎」と呼ばれているものなのだから。
私見ではあるが、仕事のできる外国人のほとんどがそうであると思う。
後者は、たまに出てくるリーダーが前者と共に持ち合わせれば、より良く世の中を変えていける《Add on》機能みたいなものだと思う。
誰かが何かを勉強する時。
他の誰かや書物などが適切にリードすれば、その誰かの人生は変わるだろう。
改めて「教育」の大切さ、不可欠なことを感じると共に、その存在の偉大さを目の当たりにしている自分が居ます。
そんな中、自分自身に対して思うこと。
もう一度翔べるかな・・
やっぱり不安もあるし、怖い。
失うものすらもう無い自分やのに、心の中ではいつも「おれはもう一度あの場所に戻れるんかな。もう一度跳べるんかな、辿りつけるんかな、無茶して心臓が痛くなって倒れてしまわへんかな」て思っている。
日々何回も既にノイローゼな程思っているけど、プールに膝から下を入れながら寝そべって夜空を観て、お酒に酔ってしまってたら涙出そうになった。
先の貧しい彼らは、
きっと自分と同じくらいの知恵とチャンスがあれば先を考えずに跳ぶやろうって。
チャンスが無くても創りだしていくやろうって。
「何してんねんやろ、おれ。何でこんなに無力なんやろう、自分は。
いつからこんなんになったんやろう」て。
少なくとも何年か前までは中国人や発展途上国の物乞い、客引きにも負けないくらいBusinessに関しては貪欲で獰猛やった自分が居た。
性格は昔から相変わらず変わってないけど。
でも、ゼロから六本木ヒルズまで辿り着く迄の、以前の辛さが怖くて、重くて、儚く遠くて。。
それらが邪魔をしている。
ほんまにめちゃくちゃ苦しかった。
もう一度やるしかない。
それしか答えは無いんです。
画一的な答えやけど、四六時中絶えず頭と心を支配するのは、この答えしか存在していない。
幾分も前から既に自分の血となり皮膚ともなっている。
周囲からみたら自分のBusinessや物事の考え方の基盤となっているものでもあるから。
あたらな決意ができたわけでは決して無いけど。
マラケシュの夜、砂漠のメルズーガの夜が自分に与えたもの、深くえぐっていったものは、
「もうやるしか無い」
ということ。








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